よんばば つれづれ

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戦争の理不尽さが胸にしみる『天切り松闇がたり 第四巻』浅田次郎著

昨年第一巻を読みとても面白かった「昭和侠盗伝」シリーズの第四巻だ。

 

浅田次郎著『天切り松闇がたり 闇の花道』は、絶滅したかもしれない粋でいなせな闇の世界の物語【写真を追加】 - よんばば つれづれ

 

グウタラでばくち好きのろくでもない父親のために、九歳で盗っ人の親分のもとに売られた松蔵も二十代になり、ボツボツ「天切り」の技を身に付け一人前になったころ、日本は満州できな臭いことをしていた。太平洋戦争へと向かっていく時代を背景にした話が中心になっている。

 

  

波乱万丈の人生ながら、とにもかくにも国会議事堂の赤い絨毯を踏み、当選も四回となってそろそろ大臣の椅子も・・・と思っていた矢先、「運悪く」収賄が発覚し拘置所に収監されてしまった代議士のもとに、ある日小柄で藍染めの作務衣を着た老人がやって来る。その老人は、トカゲの尻尾として切られた代議士のため、その「親分」の大臣からせめて話し相手にと送り込まれた、天切りの松だった・・・。

 

物語はこんな風に始まり、そうして天切りの松が闇がたりに語って聞かせたのは、国に都合よく利用されて英雄に祭り上げられた「爆弾三勇士」の銅像に、目細一家の面々が、軍の総司令官や宮様が持っている金鵄勲章大勲位菊花章頸飾を盗み取って、勇士の銅像の首にかけてやったという話だ。

 

この他にも、永田鉄山と彼を暗殺した相沢中佐、愛新覚羅溥傑や彼と政略結婚させられた嵯峨侯爵令嬢の浩など、実在した人物たちが魅力的な登場人物として描かれる。・・・と言っても、浅学な私はこの物語で初めてこれらの人たちの名を知ったのだけれど。

 

目細一家の「黄不動の栄治」は巷で男前の盗っ人として評判で、その栄治を「ゲーリー・クーパー似の黄不動さん」と呼び会いたがるお茶目なお嬢様の浩。Wikipediaで見た写真の愛新覚羅溥傑さんと並ぶ浩さんは、たしかに美しく魅力的な女性だった。溥傑さんは、少々線が細いが優しそうだ。政略結婚ながら、この二人はけっこう仲睦まじく暮らしたらしい。

 

全編通して、日本軍上層部の非道ぶりが色濃く浮き上がる。そして始めに登場した代議士に、天切りの松が説いた言葉。戦争の生まれ方は、まさにこの言葉の通りだと思う。

善悪は数の多寡で決まるわけじゃありやせんぜ。大勢の人間がそうと望むなら、戦争だって善行ですかい。世の中の空気なんてものは、政治家が企んでテレビや新聞が異議なしと言やァ、茶を沸かすより簡単にこしらえられるものさ。悪い世間をはっきり悪いと言ってこその善人だ。それをおめえさんは、みんなでやってる悪行なら悪じゃあるめえと考えなすった。わかるかえ、先生。つまりいかな欲得があったにせえ、いかな事情があったにせえ、親分兄弟分に足並そろえて賂(まいない)を受け取ったおめえは、国を滅ぼしたあのころの代議士や軍人たちと、どこも変わらねえ悪党だ。もういっぺん言うぜ。おめえは運が悪かったんじゃねえ。このザマァ、天罰だ

 

現在も、ただたんに「俺はちょっと運が悪かった」としか思っていない、失脚した方々が多いことだろう。悪運さえも味方につけて、失脚どころか今日も権力の座に居座り続けている巨悪も存在する。天切り松のこの小気味よい伝法口調で、思い切り糾弾してみたいものだ。

 

善も悪も、うそもまことも、すっかり虚しくなってしまったこの国は、いったいどこに向かっていくのだろう。

 

 

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ホースセラピーに参加

クラウドファンディングのリターンとしてのチケットを使って、ホースセラピーに参加した。「30分のリラックス乗馬」コースがペアで利用できる権利だったのだけれど、私はファンドの募集主である友人のK子さんが参加するホースセラピー講座に、一緒に参加させてもらった。彼女の送迎付きという贅沢なものになった。

 

朝9時前に我が家を出発、道路が空いていてスイスイと行けたので、牧場には私たちが一番乗りだった。

 

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入り口を入るとこの景色が目に飛び込んできて、えっ、ここが本当に豊川市?と思うのどかな牧場風景に驚かされる。サラブレッドと、それよりちょっと小柄な道産子の馬と、二頭がのんびり朝ごはんタイムで草を食んでいる。右手の家屋のテラスでは二頭の犬が歓迎の尾を振ってくれていた。

 

しばらくほかの参加者の到着を待ち、午前中は10時からプロジェクターの資料を見ながら、講師のお話を聞き、昼食をはさんで午後が馬とのふれあいというプログラムだった。8人ほどの参加者のうちで私だけが初参加、あとの方々は全11回のこの講座の3回目とのことだった。

 

今日のイベントは正式には〈ともニティ講座「馬の暮らし型セラピー勉強会」Equine Centered Form of Life〜ECFoL勉強会〜〉という名称で、全回参加でも1回だけでも自由なのだそうだが、午前の講座も午後の実践も、どちらかというとセラピーを必要とする当人というより、セラピストを目指す人のためという印象を受けた。

 

K子さんと一緒に参加できたし、午前の講座も示唆に富むものだったので、これはこれで有意義だったのだけれど、私が勝手に想像していた内容とはだいぶ違っていた。とりわけ、馬に乗ってみることを楽しみにしていたので、それがなかったのはちょっと残念だった。

 

乗らないでいったい何をしたのかと言うと、「調馬索」というものだ。円形の馬場で綱を付けた馬を並足で歩かせたり、速足や駆け足をさせる。講師がする模範演技を見ているといとも簡単そうなのだが、やってみるとこれが非常に難しく、何度声を掛けても馬はまるで動き出そうとしない。結局8人が挑戦して、いくらかでも歩かせたり走らせたりできたのは3人だけだった(私もダメだった)。

 

 

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馬は言葉自体は分からないので声の調子が大切だという説明だったのだが、実践のあとの話では、馬を動かすためにはモノローグではだめで、真に相手に届かせる気持ちが必要だとのこと。これが人間同士のコミュニケーションの改善にも、とても役立つのだそうだ。

 

 

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全員が「調馬索」に挑戦し終え午後のプログラムが終わると、右側の少し小さめの馬場にいた道産子のシグマが、「終わったの?もう一緒に遊んでいいんだね?!」と言わんばかりにすっ飛んできて、人間のお手伝いをしていたサラブレッド(こちらは名前が分からず)に寄り添った。

 

予算や要望によってさまざまなプログラムがあるようなので、お近くで興味のある方はご覧になってみてください。

NPO法人Tomonity - ホースセラピーのともニティ牧場 Tomonity

ラマダンと日本語学習と私のこの5年

木曜日はふれあい日本語教室。私が手伝っているのは初心者のクラスで、現在の在籍者はインドネシア人が3名。そのうちの一人はこの何週間か欠席している。今日はラマダン中でもあり、そのうえあいにくの雨だ。そんな悪条件の中でも、2人は来てくれた。しかも一人は赤ちゃんを連れての参加だ。熱意を感じる。

 

あ行から始めたひらがなはあともう少し。今日は「や・ゆ・よ」を練習した。私たちが何度も「やゆよ」と繰り返すので、Dさんの膝で赤ちゃんのSくんが「や・う・よ!」と発声して、私たちを驚かせてくれた。まったく、小さな子は聞いて真似る天才だ。

 

ラマダンで欠席の人もあるが、国に帰る人や、少し言葉ができるようになると働き始めて来られなくなる人もあり、この頃この教室の生徒は減っている。常に学習者が流動的で不安定なのは、宿命のようなものだ。なんとか求職できる程度に話せるようになれば、日本語教室に通っているより、働きながら実践で身に付けていくほうがはるかに上達するだろう。

 

ボランティアの私たちは、言葉の不安のために外の世界に出ることもままならない状態にいる人がいれば、そこから脱してもらう手伝いをすることが一番大切だろうと思う。日常会話には困らなくなっても、もっと上級の学習がしたいという意欲を持つ人には、もちろん喜んでさらなるお手伝いをするけれども。

 

 

早いもので、今日で5月も終わり。2013年の5月から毎日が日曜日の生活が始まったので、もう5年と1か月だ。仕事をやめて3か月の時に、振り返りのブログを書いている。

yonnbaba.hatenablog.com

 

この中で

朝、4〜5キロのウオーキングを始めました。

趣味の活動と勉強を始めました。

主に平日に活動する地域のお役の仕事に一度も休まず参加しています。

ブログの更新回数が4〜5倍、20〜30回/月になりました。

調理済み冷凍食品やお惣菜を買わなくなりました。

ホットケーキやゼリーといった手作りおやつを十何年ぶりかで作るようになりました。

この3か月で本を23冊読みました。

 

と書いているのだが、Dさんの赤ちゃんと違って、私は5年たってもまるで成長していない。5年経過したのなら、3か月間の20倍の成果があってしかるべきだけれど、ウオーキングはやめてしまった、趣味の活動や学習もやめてしまった、料理も再び手抜きに戻ってしまっている・・・。

 

かろうじて、救いは、地域のお役の仕事はこの頃より増えた。スタンディング、じじばばの会など社会的活動も増えた。読んだ本の量も、たぶん累計は20倍くらいになっていると思う(ただし、そのほとんどは頭から抜けてしまっているけれど)。

 

生まれてからの5年、10歳からの5年、20歳からの5年・・・と考えると、やはりどんどん変化の割合というか、伸び率は減っていくものだと感じる。今から5年、退職後10年で71歳の私はどうしているだろうか。ひょっとすると、地域のお役やボランティアもあまり増えず、さらに次の5年は完全にマイナスになっているかもしれない。

 

たとえ微増であっても、なんらかは自分で評価できるように生きていたいと願う。

 

 

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昨秋、外壁塗装のために根元から伐採され諦めていたライラックが復活した!来年あたりはまた花を咲かせてくれるだろうか。

 

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これも同じく根元から切られ、復活した一重のつるバラ「バレリーナ」。

私も花たちのように、試練に遭おうと年をとろうと、いつでも何度でも、新たに始められる人でありたい。

お洒落なカフェでスケッチ

茶店で、ケーキと飲み物をスケッチしたあと食べる、という企画の「食べる」部分につられて、スケッチ教室に参加した(追記:厳密に言うと、「飲み物」も入っているので「食べる」でなく「胃袋に収める」とか「いただく」とするべきでしたね)。

 

事前に了解を得ようとすると、適当な場所がなかなか見つからず、結局決まったお店は、ヘアカラー&スパの一角を持ち、サンドイッチやベーグルのメニューが充実したお洒落なカフェだった。

 

ボリュームたっぷりのサンドイッチはどれもとても美味しそうだが、普通にお昼を食べてしまったので、スコーンセットを選んだ。

 

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f:id:yonnbaba:20180530184425j:plain 完成。全然スコーンに見えない!

 

 

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どうやって食べるの?というほどの、ボリュームたっぷりのサンドイッチ。

 

 

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カフェのテーブルに道具を広げ、こんなふうに描いていた。人が描いたものを見ると簡単そうに思うが、実際やってみるとなかなか思うようにならない。もう一人の参加者と、高校では選択科目で美術をとらなかったから、絵を描くなんて中学校以来ねなどと話しながら・・・。

 

 

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コンクリートと素朴な木肌がマッチして、お洒落でモダンながらくつろげる空間を作っている店内(お店のサイトから)。

 

2時半から4時までの1時間半があっという間だった。もちろん、スケッチのあと、スコーンもコーヒーもおいしくいただき、大満足。でも、毎回食べられる企画というわけにはいくまい。食べられるときだけ参加?

 

 

 

 

運動会で変化に驚いたこと

地域の小学校の運動会が、テントだけは進化していたが、50年以上昔の自分のころと本質的にあまり変わっていなかったことを前回書いた。実は、あと二つ驚いたことがあったのだけれど、書き忘れていた。面白いので紹介したい。

 

一つ目は、1・2年生の徒競走が男女混合だったことだ。しかも、タイムの似た子たちを組ませたのか、必ずしも男の子が勝つわけでもなかった。今度学校に行ったときに、このようにしている理由をぜひ聞いてみたいと思う。

 

二つ目は、競技を紹介するアナウンスが、日本語とポルトガル語とでなされていたことだ(アナウンスしていたのは先生ではなく、児童だった)。プログラムの何番目かと競技名だけのごく簡単なものだったが、来日間もない親御さんがいれば助かったかもしれない。でも、この小学校にはたしか7か国くらいからの子供たちがいて、ポルトガル語は分からない人もいると思うのだが、そこは人数などで決めたのだろうか。

 

外国人を見ること自体何年かに一度くらいしかなく、外国に行くことも簡単ではなかった私の子供のころを思うと、今はこうして日常生活にごく当たり前に外国人が入ってきているし、外国旅行も海外留学もとても身近になった。いろいろな国に、いろいろな文化や習慣があることを知って、少々生真面目すぎたりみんな一緒を好みすぎたりすることの問題点に気づけるといいなあと思う。

 

 

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種類によっての傾向はあるようだが、猫も国によって性質に違いがあるんだろうか?

 

事故がなかったのは何よりだったけど・・・

民生委員をしていると、地区の小中学校の運動会に招待される。先週は中学校(雨で一日順延)、今週は小学校だった。昔は運動会と言えば秋が定番だったけれど、今市内の小中学校はほとんど春に行われる。

 

昨年の小学校の運動会は、奈良旅行とぶつかって欠席したため、今年初めて開会式からお昼までを通して見物した。

 

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日本中のあちこちの都市でソーラン祭りが行われているようだが、どうやら運動会でも「ソーラン節」が大はやりらしい。先週の中学校でもやっていた。

 

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1・2年生のダンスは可愛らしくてほほえましいけれど、どれくらい練習時間を費やしたのかと思うと少々気にかかる。

 

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もっと気にかかるのはこれだ。全員はだし。土の上に寝っ転がったり、膝をついて上に何段も人を乗せたり。家でお風呂に入るにしても、なんだかちょっと気になってしまうし、一番下の子は膝が痛いだろうななどと、心穏やかに見ていられなかった。

 

中学校は驚くほどゆるいプログラムで、体育の授業を何週もつぶして練習しないとできないような種目は何もなかった。もちろん、このような危険を伴う組体操もなかった。ほかの地区の中学校もそうなのか、それともここの中学校がマンモス校から分離して創設された、比較的歴史の浅い学校だからなのかは分からないが、私は自分自身も体育祭前のダンスなどの練習で体育授業がつぶれるのが嫌いだったので、そのゆるいプログラムにはとても好感を持った。

 

運動会にしろ、学習発表会や卒業式にしろ、とにかくあまり練習を積んで一糸乱れず行うことに価値を置かない方がいいように思う。見る側がそうした行為に感動し評価することが、なかなか教育現場での改善が進まない一因になっているのではないだろうか。学校でも社会でも、忍耐とか努力とかを美化しすぎるように思う。

 

 

f:id:yonnbaba:20180526221702j:plain(もう、いちいち紐で縛ったりしないのね・・・。)

あきれるほど進歩や変化の少ない「学校」だけれど、本部や来賓用のテントが進化していて驚いた。そして観戦する保護者たちは、キャノピーを設置したり、お昼のために木陰にシートを敷いて保冷箱や折り畳みいすも準備している。撮影器具などの進歩は言うまでもない。世の中は便利さや快適さを求めて進化・変化しているのだから、学校現場ももっともっと変わっていいのではないだろうか。

 

 

 

 

 

 

新しい治療院とこの夏のペディキュア

去年、股関節が悪化して、歩くのにもいくぶん支障が出るようになって、9月から数か月鍼灸整骨院にマッサージに通った。生まれて初めての鍼治療も経験し、とんでもないミスにも遭遇したことはブログにも書いた。開業してまだ日の浅い先生なので、経験を積んで育ってもらわなくては・・・と、広い心で通院を続けたが、2回目の鍼でも、その後のマッサージでも改善が見られなかったので、結局通院をやめてしまった。

 

なんとか根気よく自分でマッサージして治そうと努めたり、もうこうした痛みとうまく付き合っていくしかないのかなどと思ってみたりもした。でも、まだまだこれから先の長そう(母は97まで生きた)なことを考えれば、やはりもう少し改善したいと思い直し、先週から別の治療院に通い始めた。

 

今度のところは保険がきかないが、たんにマッサージするだけでなく、家での筋トレや座り方の指導などもしてくれて、根本的な解決の援助をしてくれるらしい。また、しばらくそうした努力をしても改善がなければ、骨に問題があるかもしれないので、病院でレントゲンやMRIを受けるようにとの説明もあった。

 

以前のところは施術するのみでこうした指導は一切なかった。保険がきかないので治療費は少々かさむけれど、細やかなメンテナンスの欠かせない年齢になったのだからやむを得まい。少しここに通って様子を見ようと思う。できれば骨の問題で手術・・・なんてことにならないように祈りたい。

 

こんなわけで、去年の夏はなんとかペディキュアが自分でできたのだが、今年はできない。そろそろ素足にサンダルが気持ちよい季節になったのに、右足が十分引き付けられないので爪を切るのもやっとで、とてもペディキュアどころではない。お店に行ってプロにやってもらえばいいのだけれど、醜い足をひとさまに見せるのはどうも抵抗を感じて、行く決心がつかない。真夏が来る前に完治するといいのだけれど。

 

 

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これはネット上からお借りしたもので、私の足ではありません。

こんなにスマートなら、すぐネイルサロンに飛んでいけるのですが・・・。