よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

暑中お見舞い申し上げます

金曜日。スタンディングに行こうと思っていた。5時半に家を出れば間に合うから、その頃ならなんとか暑さも少しは・・・と期待していた。でも、5時を過ぎても強烈な西日がベランダの簾をものともせず差し込んで来ていて、ひるんでしまった・・・。

 

結果的には、6時過ぎに町内のお年寄りからちょっとしたSOSの電話があって訪問の必要ができたので、スタンディングに行かず家にいて良かったのだけれど。

 

あちこちで豪雨被害が出て、「記録的短時間大雨情報」という、少し前まではめったに聞かなかった言葉を、このところしょっちゅう耳にする。つくづく亜熱帯的気候になってしまっていると感じる。

 

それでなくても出不精なのに、不要不急の外出は極力控えてしまい、読書は捗るけれども、運動不足が甚だしい。

 

政界も暑苦しいことこの上ない。間違ってました。隠してました。ひいきしてました。すみませんでした!とはっきりさせて、風通しを良くしてほしいものだ。でも、このままたくさんのことが、破棄され、削除され、のり弁のような黒塗りの下に隠されていってしまうのだろう。

 

頼みの野党第一党もガタガタで、害虫退治もおぼつかなく、もたもたしている間にヒアリセアカゴケグモどころではない、とてつもなく強烈な毒性を持つ生物が、風通しの悪い暗黒の中で大発生してしまいそうだ。クワバラ、クワバラ。

 

 

みなさまは、いかがお過ごしでしょうか。

 

 

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せめて涼を呼ぶ画像をネットからお借りして・・・。

 

 

考えさせられる『新・日米安保論』

まず、カバー裏の内容紹介文を引用する。 

 

冷戦終結後四半世紀。以来、国際情勢の変化にもかかわらず日米の安全保障体制は維持されてきた。しかし「今後も守って欲しければさらなる負担を」と訴えるトランプ政権の登場で、日本はアメリカとの安全保障体制の在り方そのものを問われている。  果たして日米地位協定に象徴される従属的なアメリカとの同盟関係を今後も重視する必要はあるのか? 尖閣問題、対テロ戦争北朝鮮の動向など、激変する情勢下、日本の安全保障を、歴代内閣のご意見番であった元防衛官僚、武装解除のエキスパート、安全保障の専門家が徹底的に語り合う。避けては通れない国防の根本的な問題がここにある。

 

柳澤協二・伊勢﨑賢治・加藤朗の三氏の対談をまとめたもので、防衛論など苦手な私にも分かり易かった。冷戦時代と違ってソ連の脅威がなくなり、代わって中国が圧倒的な存在感を持って来ている現在、沖縄の基地問題を含め、日米の安全保障条約を根本から考え直す必要があることや、他の国々に比べ、地位協定が日本だけがいまだ敗戦国の非常に卑屈で不利な状態のままであることなどがよく分かった。

 

同じ第二次世界大戦敗戦国であるドイツやイタリア、アメリカの植民地であったフィリピンでも、すでに対等な地位協定を獲得していると言う。なぜ日本だけがずっと屈辱的な地位協定のままなのかといえば、やはり国民がなにも要求しないからだと言う。不利なことの大半を沖縄に押し付けて、ほとんどの国民は不当な地位協定への不満を実感していない。実際は日本だけが負担している「思いやり予算」など、大変な金額の税金が使われているのだけれど、そもそも日本人は税金の使われ方に関心が低い。

 

地位協定のような条約改定というのは政治的エネルギーも非常に使い大変なので、なるべくならば本体に触らず「運用の改善」でお茶を濁しているという説明は、分かり易いだけにとても腹立たしくもある。

 

偉い政治家や官僚は、当然国だの国民のことを考えて仕事をしてくれているなどと、大半の国民はのどかに信じている。けれども、おのれの保身ばかり考えているのは、なにも現政権の面々に始まったことではないだろう。今の自分の利益、次の選挙の当選につながること、官僚ならば自分の出世や天下り先、森友や加計ばかりでなく陳情は山のように来るだろうし、そんなことに取り紛れて面倒な仕事は後回しになり、何十年後の国の不利益など誰も責任をとらない。

 

第二次安倍政権になってから、恐ろしい法律がいくつも成立し、いつかの道へとどんどん進んで、国の私物化が顕著で分かり易かったのは、国民を目覚めさせたという意味では良かったのかも知れない。「安倍政権が」ということでなく、権力はしょせんそうしたもの、国民が要求しない限り、国民のための政治などしないものだと知らしめてくれた。違うとすれば、その時々の権力がどんなものを欲しがっているかの違いだけなのだろう。

 

とりあえずは現政権の暴走を止める必要があるけれど、これから時間をかけて、私たちは一人ひとりがしっかり考えないといけない。世界のなかでどんな国でありたいのか。本書には三つの選択肢が示されている。

1 日本自身も大国であろうとするのか。

2 大国を手伝う下請国家であるのか。

3 何らかのミドル・パワーとして自分のものを持っているのか。

  *その際、アメリカの言いなりにならないけれど、人道のためには命も賭けるの        か、あるいはそれさえもやらないのか。

 

私は迷わず3を選びたいと思うが、平和憲法を真剣に考えるとき、この3番のアステリスクの補足は、まだまだ考えなくては結論は出せない。

 

 

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護憲派改憲派も、戦争を他人事と捉えている」

 

 

武士なのに弱い笙之介がステキな『桜ほうさら』宮部みゆき著

祇園祭の今夜は打ち上げ花火が上がっていて、ずっとドーン、ドーンという音が響いている。花火の音を聞くといまだにちょっとソワソワする。

 

私が子供の頃は、まだビルなどの高い建物がなかったので家から花火見物ができた。昭和三十年代の始めのそのころ、豊橋の中心部でもまだ車はあまり通らず、のどかに家の前の道路に縁台を出して、涼みながら近所の人と一緒に見物したことを思い出す。

 

昨日今日と、夢中になって『桜ほうさら』を読んでいた。江戸の下町の貧乏長屋を舞台に、冤罪で切腹した父の汚名を雪ぐため、貧しい小藩から江戸に出て来て、その長屋に暮らすようになった古橋笙之介の物語だ。

 

場面は春浅い川のほとり。一分咲きの一本の桜の木の下に、桜の精かと思う不思議な女性が立っているのを笙之介は目にする。夢か幻か・・・。

 

やがてその女性和香と対面することになり、笙之介が判断に迷うような時には意見を聞きたいと思う人になり、彼の心の大きな部分を占めるようになるが、美しい和香には悲しい秘密があった。

 

笙之介の父が陥れられた事件の謎解きを縦糸に、和香との淡い恋や長屋の住人たちの人情を横糸にして、宮部さんお得意の江戸ものの世界が紡がれる。期待にたがわぬ人物それぞれの魅力、ほろりとさせられる様々なエピソードが盛り込まれ引き込まれる。

 

途中で、おやこれはいつぞやテレビドラマで見た話だと気付いた。ドラマも良かったけれど単発ものだったので話が絞り込まれていた。その点、やはり小説は登場人物一人ひとりがいきいきと描き分けられ、サイドストーリーまで魅力に満ちている。

 

ドラマでは玉木宏さんが演じた主人公笙之介は、穏やかで誠実な人だった父親似で、格上の家から訳ありで嫁いできた勝気な母にはうとまれている。剣の腕もたち母の強い気性を継いでいる、兄の勝之介の方を偏愛しているのだ。

 

学問はできるが世事に疎くなんとなく頼りない笙之介だが、長屋の人たちは彼に親しみ、愛し、何くれと世話を焼く。ここぞという時には力を貸し、とうとう彼の命をこの世につないだのもこの人たちだ。

 

血が繋がっていないためにギクシャクする親子がいる。血が繋がった親子兄弟であるがゆえに憎み合い、相手の死さえ願う者もいる。親子とは何か、力とは、幸せとは・・・といったことをしみじみと考えさせられる。

 

世界中が憎悪の連鎖の中にあり、身近な生活の中にはヘイトやらいじめやらが蔓延する時代にいる私たち。敬愛する自分の父を死に追いやった者たちを、憎みきることができなかった笙之介の優しさに学びたいと思った。

 

 

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私が校正者なら何か所か赤を入れなければならないところがあるが、それはこの際あげないことにする。

祇園祭の日の駅頭でスタンディング

豊橋祇園祭が開幕した。今日は先週ご紹介した「手筒花火」打ち上げの日。夕方6時の私たちのスタンディングの時刻はその花火見物に行くのであろう人々で、駅前はいつもの週末以上に賑やかだった。通路を行く数人の華やかな浴衣姿の若い女の子たちの中の一人がベレー帽をかぶっているのを見て、おばさん・おばあさんたちはびっくり、目が点になった。「なんでもありなのね~」と隣に立つ、私よりもう少し年配の女性が感じ入ったようにつぶやいていた。

 

このスタンディングの前に、今日は初めてボランティアで「ポスターの裏貼り作業」というものを体験した。戸外に貼るポスターなので、使用する両面テープは特に粘着力の強力なものだ。一緒に行った友人と私は2時間弱お手伝いしただけなので手が荒れるまではいかなかったが、長い時間続けていると指先の皮膚が傷んでしまうそうだ。

 

街のあちこちに貼られているポスターを普段何気なく見ているが、裏にこのような大変な作業があるとは、何でもやってみないと分からない。いや、戸外で貼って回る作業はもっと大変なのだろうけれど。

 

 

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スタンディングの仲間にいただいた自家製野菜。元気!

 

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今の気分に合うものをと、出かける前に慌てて書いたプラカード。お粗末!

 

 

血は水より濃い?

このところの蓮舫氏の国籍問題について、ハフィントンポストに興味深い記事があった。

 

www.huffingtonpost.jp

 

以前にも私は、このサイトの記事から里子のことを書いている。アメリカでは肌の色さえ違う子を平気で里子にし、社会もそれを当然のように受け入れるが、日本では血が繋がっていないことはいまだに大問題のようで、養子であることは大抵の場合極力隠そうとするようだ。長いこと生き別れだった母子が再会するという物語は、古今、日本人の好むところである。私は苦手だけれど・・・。

 

 

yonnbaba.hatenablog.com

 

確かに、去年蓮舫氏の国籍問題が最初にニュースになった時から、二重国籍の何がいけないのという気持ちとともに、なんとなくそれ以上の気持ち悪さを感じていた。こうして明文化されてみてよく分かった。そうだ、そういうことが後ろに隠れていたんだと非常に納得がいった。

 

こうした意識がヘイトを生み、移民や難民を排し、集団の中で少しでも違った行動をする人をはじき出していく。「みんないっしょ」に快感や安心感を覚える感覚は、どこから来るのだろう。私自身は気が付いたときには「みんないっしょ」にむしろ反発を感じるようになっていた。

 

ただ、相手の期待に応えたいという気持ちも強かったのと、どうでもいい部分では我慢して必要以上の摩擦が起きないようにする知恵はあったので、学校生活は問題なく過ぎたが、建前と本音を使い分けることに抵抗を感じる人や繊細な人には、学校(多くの場合は職場も)は非常に居心地の悪い場所だろうと思う。

 

個性的であれと言いながら、一定の規範に押し込もうとする教育。暗黙のうちに甲斐性のある男、母性の強い女を期待する社会。違うことを受け入れる、寛容で誰にとっても居心地の良い社会は、血にこだわるところからは決して生まれてこない。

 

 

民進党、解党して出直した方が良いのでは?

 

 

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両親に置き去りにされた双子の兄弟。そこへ屋根から落ちて来たのはプロの泥棒だった。「警察に突き出されたくなかったら、僕たちの父親になって!」。こうしておかしな父と息子たちの物語が始まる・・・。宮部みゆきさんのハートウオーミングストーリー。

毎日何か失う・・・逆に増えて豊かになる

昨日の私の嘆きのエントリに、セネシオさんがステキなブックマークコメントを下さいました。さすが、いつも感嘆するほどの名文を書いていらっしゃるセネシオさん。あまりに素敵なので、グリーンスターを付けただけでは足りなくて、皆さんにもご紹介。

  

“毎日なにか失う、あるいは捨てていくわけですが、逆に増えて豊かになっているものもあるはず。そう信じたいです。”

 

ほんとうに、そうありたいと思います。セネシオさんは、この言葉通り、時間の経過とともに、さまざまなものを増やし、豊かになっていらした方です。ブログを読めば明らかです。こういう魅力は、決して若くては持てないものでしょう。こんなふうに年輪を刻んでいけたらと、憧れる人生の先輩です。

 

もう皆さんよくご存じのことと思いますが、素敵なセネシオさんのブログ

cenecio.hatenablog.com

 

 

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そっかあ。あたしたちがあまり変わらないのは、失うものも増えるものも少ないからだったのかニャ?お母さん、失うばかりじゃダメですよ!     byドリーム

 

悲しい経年劣化と三十年前の風疹の置き土産

朝いつものようにテレビをつけた。ところがちっともニュースが始まらない。何で今日はこんなのどかな番組をいつまでもやってるの・・・と、いい加減ジリジリして、ふと気付いた。今日は休日だ。勤めていたときには三連休なんて指折り数えて待ったものなのに、毎日が日曜日の今はその連休を失念しているというおめでたさ。なんという幸せ!

 

ANNの調査で、内閣支持率が29.2%になったそうだ。現政権の実体を分かったうえであろうとなかろうと、とりあえず支持率が下がって国民をあまり侮ってはいけないと思ってくれればよい。けれども、果たしてどこまで国民の疑問に答えようとするか。問題の人たち全員が応じるのか、証人喚問という形を受け入れるのか。首相の本気度に注目したい。

 

 

ところで話は全然違うのだけれど、いまから30年ほど前、まだ私が青森県の片田舎で公文の教室をしていた時、子供たちの間で風疹が流行した。そこからさらに10年以上遡った第一子を妊娠した時、受診していた産婦人科で「あなたは風疹の抗体がないようです。今ちょっと流行ってますからなるべく子供の多いところには近づかないようにして気を付けてください」と言われた。その時は幸いかかることはなかった。

 

しかし教室には大勢の子供たちが出入りするので、いつの間にか誰かからもらったようで、私は風疹になってしまった。流行り病を大人になってからすると重症化するというが、本当だった。普段体温低めで37度で熱っぽいと自覚する私が、40度を超える熱を出した。発疹も体中いたるところにものすごく出て、医者に「これでは痕が残るでしょう。ちょっと高いけど良い点滴があります。使いますか?」と言われ、当時まだ三十代だった私は迷わず「お願いします!」と答えた。

 

その高価な点滴のお陰か、教室も週2回するうちの1回を休んだだけで復帰でき、発疹もきれいに消えた。消えた、と思っていた。ところが、何十年もたった五十代の終わりころから、体の調子が悪いときに腕や足にうっすら発疹らしきものが浮かぶようになった。

 

初めに気付いたときは蕁麻疹か何かだろうかと驚いたが、体調が戻ると消えてしまう。それに発疹の状態があの風疹の時のものと同じだったので、これはきっと点滴によって痕が残らなかったのではなく、たんに皮膚の層の下の方に沈めただけなのだろうと気付いた。そしてそれが体調が悪いと表面に浮かんで来るのだろう。なぜそうなるのかは分からないけれど。

 

そしてそれからまた何年かたって、とうとうこのところ足の発疹は出現したままになってしまった。年を重ねるのは悲しいことだ。顔にできた小さな吹き出物なども、若いときならしばらくすれば消えたのに、近頃はそのまま定着してしまうことが少なくない。虫刺されなども掻くと痕になって消えなくなってしまうので、極力掻かないように気を付けないといけない。こうしてどんどん体のあちこちが醜くなっていく・・・。

 

健康でいられるだけでありがたいことではあるが、若い人のつややかでシミ一つない肌を見ると、本当に羨ましい。でもこれから益々こうした自分の「経年劣化」を受け入れていかなければならない。それが年をとるということだから。そうした肉体の変化は避けられないけれど、せめて心持は、なるべくしなやかに美しくあるよう努力しよう。などと思いながら、相変わらず毎日が日曜日の幸せをダラダラと享受するばかりのダメな私だ。

 

 

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その点、猫は羨ましい。100歳と90歳のおばあちゃん猫たちだったけれど、見た目はそれほど年を取らなかった。ドリームなど最後までこどもっぽかった。