よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

お気に入りほど失くします

またやってしまった。イアリングを片方落としてしまったのだ。お墓参りをすませ、ついでに近くの大型店で、来週に迫ったPeace展用の額縁などの買い物をして、ランチをとり、バスと電車を乗り継いで、家への道を歩いているときに、ふと左の耳に手をやると・・・、なかった!

 

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渋いグリーンの色も、葉っぱの形も気に入っていて好きだったのに・・・。使う頻度が高いからだろうか、お気に入りのものほど失くす。もうどれだけ失くしたろう。昔のものばかりでやりくりして、あまり新たに購入しないので、だんだん好きなイアリングがなくなってきた。イアリングくらいは収納場所をとる訳でもないので、素敵なものを見つけて少し新しいものを増やそうか。

 

40年近く昔、青森に引っ越して一番にできた近所の友人がピアスをしていて、私にも勧めてくれたが、超のつく「痛いの嫌い」な私には、体に穴を開けるなんてとても無理なことだった。以来、何度お気に入りのイアリングを落とそうと、素敵なデザインだと思うとピアスばかり、という目に遭おうと、穴は開けずに今日まで来た。何歳までイアリングをし続けるか分からないが、これからも当分、私はイアリングを落とすことだろう。

 

ま、イアリングくらいは落としたところで大したことではない。できることなら、人間としての品格や信頼は落とさないようにしたいものだと思う。(その前に、そのようなものがはたして私にあるかどうか疑問であるけれども・・・)

 

 

 

 

 

 

「森友学園疑惑」の徹底解明を求める 緊急行動しました!

今月19日に東京議員会館前で行われる10万人規模のデモに呼応する趣旨で、金曜スタンディングを1時間に拡大して、今夕6時から「森友学園疑惑」の徹底解明と安倍首相辞任を求める 緊急行動3.10駅前スタンディング&アクションを実施した。真冬に戻ったような寒さだったけれど、予想を上回る48人の参加があった。

 

前回行った分割プラカードを持っての「イモムシ行進」、フェイスブックにアップした動画も好評だったため、今回も実施。しかもメッセージを変えて2チームが行った。週末の金曜日とあってペデストリアンデッキの通行人も多く、まずまずの注目度だった。

 

反トランプの「女性大行進」に倣って頭に目立つ色をと思い、黄色のバンダナを頭に(かぶり方は自由)!という提案をし、30枚用意はしたのだけれど、実行してくれている人は少なくインパクトに欠けたのが少々残念だった。

 

通常のスタンディング、この「イモムシ行進」のほかに、路上にパロディ「総統閣下シリーズ」を投影する人、シール投票をする人、ギター伴奏に合わせて「勝利の日まで」などを歌う人たちなど、それぞれ工夫を凝らしたアクションをして、通行人に訴えた。

 

 

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イモムシ隊2チーム整列 真ん中のキミドリの人はガチャピンの着ぐるみ(リサイクルショップで調達したのだそうで、コーヒー1杯分くらいのお値段!次は私も?!)

ファミリーサポートで3歳の男の子を預かる

ファミリーサポートの援助会員に登録してもうすぐ4年になるが、今回初めて自宅で預かるというサポートをした。以前一度センターから問い合わせがあったのだけれど、その頃はまだ2匹の猫が居たのでそれでも大丈夫か聞いたところ、先方のお母さんから、少し喘息気味なので見合わせますとの回答で、流れてしまった。

 

朝9時前に赤ちゃんを抱っこしたお母さんに連れられて、3歳のFくんが我が家の玄関に現れた。お母さんは下のお子さんの3、4か月健診に行かれるのだそうだ。Fくん、お母さんの服をちょっと掴んで、少々緊張気味。それはそうだ。初めてのおうち、知らないおばさん、いや、おばあさん・・・。でも全然ぐずりも嫌がりもせずママとバイバイした。

 

つかの間珍しそうにあちこちを眺め、やがて用意しておいたおもちゃ(孫が小さい頃に用意したもの)やぬいぐるみなどを手に取って遊び始めた。おうちではブロックやプラレールで一人遊びするということだけれど、あいにく我が家にはブロックもプラレールもない。おもちゃでなくてもラップの芯や牛乳パックでも自己流に遊ぶそうなのだが、あいにくラップの芯もなく、牛乳パックはみなリサイクル用に切り開いてしまったものばかりだ。

 

お絵描きをと思い紙や鉛筆を用意していたのだけれどあまり興味がなく、小さなシールのシートを渡すと、ちっちゃな手でシールをはがしては紙に貼る作業にしばし没頭。

 

シールがなくなってしまうと、自分の片手を伸ばして私の前で通せんぼをし、「〇×△◇・・・」と何か言っている。どうやら「駐車券をお取りください」と言っているらしい。そうか、このお手ては駐車場の入り口のゲートなんだと理解して、車の役をすると、Fくんはキャッキャとご機嫌だ。これがお気に召して、少しずつバージョンアップ(?)をしながら延々と繰り返した。

 

お昼には、消防自動車型のお弁当箱にチャーハンとエビフライやウインナ、ベーコン巻きポテトなどが入っていた。自分ではあまり食べようとしないので、久々に食事介助。孫はかなり早くから自分で食べるようになっていたし、そもそも年に何回も帰省しなくてコマ落しのようにあっけなく大きくなってしまったので、食事の介助などした覚えはない。我が子の面倒を見て以来かも知れない。

 

食事のあとはまたお気に入りの駐車場ごっこ。健診の所要時間次第だけれど、予定では一応2時か3時までということだったが、1時頃にお母さんがお迎えに来てFくんとの遊びは終了となった。

 

元気に遊んでいたのに、やっぱりママの顔を見たとたんFくんの顔付はくしゃっとなってママに抱き着いた。いいなあ・・・。靴も私と散歩に出るときはサッサと一人で履けたのに、グズグズして履けないそぶりをしている。しばらく離れていたから甘えたいのだろう。でもお母さんは赤ちゃんを抱っこしているから、かがむと今度は赤ちゃんが文句を言う。おばあちゃんで我慢してもらった。

 

 

こうして自宅でお子さんを預かる初体験は終了した。いままでは、センターに出かけてそこの託児室で何人もの援助会員と一緒に保育をするか、ひとりの場合は、保育園の送り迎えという短時間のお手伝いだったので、良い経験になった。3歳の男の子という元気盛りの相手でもあり、責任感や気疲れもあったが、めったに味わえない時間を過ごすことができた。

 

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おばあちゃんと男の子が遊ぶイラストは見つからなかったので・・・。

今日の駅前アピール

今日はスタンディングのミーティングが3時からの予定になっていた。朝、”言いだしっぺ”から提案があり、有志数人が30分早く駅前に集まって、また先日のような分割プラカードを持って、「イモムシ行進」をすることになった。

 

フェイスブックにアップする動画を撮りたいということで、一人は撮影係になり、あとの3人が動画に出演した。反トランプの女性大行進のような「ピンクの猫耳帽子」が欲しかったのだけれど、昨日2つの100円ショップを見ても、もうシーズン外れのせいか毛糸の帽子は皆無だった。せめて、とメイク用のターバンの少し派手なのを準備して、サングラスをして、こう動いたら、プラカをこうあげたらと、何回も撮り直しながら楽しんだ。ハリウッドからオファーが来ちゃったりしたらどうしよう?なんて冗談もとばして・・・。

 

前回同様、プラカードの文字が大きくて読みやすいことに加え、撮影などしているといっそう人目を引くようだ。

 

皆さまも、思いきり変身して楽しくアピールしてご覧になりませんか?

 

 

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せっかくのターバンもサングラスも、軽やかな?ステップもお見せできず残念です。

素晴らしい答辞にもらい泣き

3月は卒業の季節。昨年12月から民生委員をしているので、地域の学校から卒業式の招待を受ける。今日は中学校に出かけた。受付を済ませ女生徒の案内で控室に入ると、接待担当の女性教諭が和菓子と桜湯を出してくださった。

 

やがて会場である体育館に入る時刻が来て移動する。すでに在校生と卒業生の保護者は入場を終えて席についている。来賓たちが着席するといよいよ今日の主役である卒業生たちの入場で、全員が拍手で迎えた。

 

中学校の卒業式に列席するなんて、何十年ぶりだろうか。次男の時以降縁がなかったと思うから、四半世紀ほどか。勤めていた時に職場の若いパートさんたちから、保育園や学校行事の様子を聞くこともあり、時代の変化に驚かされることも少なくなかったので、はたして今どきの中学校の卒業式とはどのようなものかとおおいに興味があった。

 

感想を一言で言えば、「素晴らしかった」である。卒業生はもちろん、在校生も式中ずっと緊張感を保ち、私のみえる範囲では頭がフラフラする生徒すらいなかった。

 

式の冒頭に、毎年歌っているとかで『大地讃頌』という曲を全校生徒が合唱したのだけれど、この合唱の素晴らしさにいきなりうたれてしまった。私が中学生の頃、思春期の男子は「歌なんて歌えるかよ」というポーズを作る子が多く、全校で歌うと男子は横着する子が多いため、女声ばかりが目立った。そのため高校の入学式では、変声期も終えた低音の男声が圧倒的な校歌(男生徒が女生徒の3倍もいる学校だったのですごい迫力だった)に非常に驚いた強い記憶がある。

 

国歌斉唱、卒業証書の授与と進み、校長式辞や教育委員会告辞、来賓祝辞など昔と変わらない次第がしばらく続いた。そうして在校生代表の送辞。定型通り巻紙を手に読んでいた生徒が言葉を中断、どうしたのかと思うと、進行係が「指揮〇〇、伴奏〇〇」と告げ、それぞれの生徒が所定の位置に着く。そうして在校生による合唱が始まり、歌が終わるとまた元の送辞に戻り締めくくった。

 

続く答辞も同じ形式だったのだが、代表の男子生徒(合唱のピアノ伴奏もした)が合唱のあとの答辞の終盤部分で感極まってしまい、親への感謝を述べるのに「お父さん」と言ったあと、なかなか次に来るはずの「お母さん」という言葉が出ない。私は心中「頑張れ!」と思わず応援していた。

 

そのあと一所懸命に自らを励ますようにして、ひとつひとつの言葉をかみしめるように答辞を語り終えたのだけれど、彼につられて卒業生の席ではあちこちで女生徒が目をぬぐっていた。すでに序盤の全校合唱で感動していた私は、自分の子供が卒業するわけでもないのに、ついにここでもらい泣きをしてしまった。確認しなかったが、おそらく保護者席でも相当の方が感涙にむせんだことだろう。

 

帰宅してから調べてみると、「歌声、掃除、挨拶を生活の三本柱とする豊橋市××中学校。全校生徒が一丸となって取り組む合唱コンクールは1カ月以上前から練習を積み重ね、成果を発表する大きな行事だ。 2014年度からは、発表の場を...」という地元紙の記事が見つかった。やはり伝統的に合唱に力を入れているらしい。

 

みごとに統率のとれた、しかも列席者の感動をも呼ぶ式典をするために、先生方や生徒たちがどれほどの時間を要したのだろうと考えると、単純に涙を流していていいのだろうかと思わないでもない。私自身は自分のこうした節目の行事に、かなりクールで、今日の答辞を読んだ男の子のような感受性はなく、そうした立場に立っても淡々とこなしてしまったように思う。

 

いま一緒に勉強している中学生からも、ひどくはないがスクールカーストのようなものはやはり存在するとも聞いていたので、今頃の中学校はいかに?と思って臨んだ今回の卒業式だったが、保護者の方たちの撮影などもとても節度のあるもので、なあんだ、ほとんど昔と変わっていないんだ、という感想に落ち着く(ただ、こういう形式しかないのかという議論は、もっとなされてもいいような気がする。他の学校行事も、あるいは成人式なども)。

 

 

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アイプラザ豊橋での発表の様子           (東日新聞さんのサイトから)

「夫さん」という呼び方

もうタイトルもご覧になっただけで、「ああ、あのドラマの話?」とお思いになった方もいらっしゃることだろう。そう、「夫さん」というのは、いま視聴率のわりにネット界隈では話題が盛り上がっているらしいドラマ『カルテット』で使われている言葉だ。

 

クラシックの奏者ではとても食べていけないし、そもそも、どう頑張ってもプロとして立つのは無理とうすうす自分でも気づきながら、それでも夢を諦めきれずもがいている30代の男女4人をめぐる物語だ。松たか子さん演じる「マキさん」の夫が、失踪中という特殊な状況でもあるためしばしば4人の話題に上るのだが、その際皆がマキさんの夫のことを「夫さん」と呼ぶのである。

 

脚本はこれまでも『Mother』『それでも、生きてゆく』『最高の離婚』など、次々に話題作を書いてきた坂元裕二さん。設定やストーリーのうまさとともに、坂元さんの脚本はセリフが非常に時代を映していきいきしている。『それでも・・・』など、少女殺人の加害者家族を描いた大変重くて深くて考えさせる良作だったけれど、登場人物の言葉やしゃべり方があまりにも時代を映したリアルすぎるもので、私などそこに少々抵抗を感じてしまったくらいだ。

 

今回の『カルテット』も俳優陣の達者な演技もあいまって、何気ないセリフのやり取りにドキッとさせられたり考えさせられたりすることが多い。そんな坂元脚本に「夫さん」と出て来たので、やはり今ごろの若い人は「ご主人」とか「だんなさん」と呼ぶことに抵抗があるのだろうなと感じた。

 

私自身、拝読しているブログにコメントを書いていて、ブログ主さんの配偶者の呼称にためらうことがよくある。以前は「ご主人」と言おうと「旦那様」と言おうと、別に現実には主従関係ではないのだし構わないではないかと考えていたが、近頃は、こちらはそういうつもりでも、言われた相手の方は不快かも知れない・・・などと考えてしまい、「お連れ合い」とか「ご伴侶」などの方がいいのだろうかと迷ってしまう。

 

でも、連れ合いだの伴侶だのという言い方はなんだか年寄りくさい感じがするので、若い人は使いたくないだろう。そう考えると、なかなか適当な呼称がない。そんなことで「夫さん」という呼び方が生まれたのかなと思うが、もしかしたら私が知らないだけで、もう若い人たちの間では普通にこの呼称が定着しているのだろうか。

 

呼称と言えば、名前を知らない人に呼びかけたい時にも、よくためらってしまう。「おばさん」はとんでもないし、「奥さん」も今どきそうでない確率も高いし、そもそもこの呼称も時代にそぐわなくなっている。結局「あの~」などとすこぶるあいまいな呼びかけになってしまう。相手が男性であっても同じだ。「もし、そこゆく方!」などと呼びかけたら、相手はどんな顔をするだろう・・・。

 

 

それにしても、あのどこやらの幼稚園の子供たちの動画を見ると、「ご主人」だの「奥さん」だのが厳然と存在するカッチリした「家庭」で構成される「国家」を美しいと考える人たちが、特権を発動できる立場にいるのだなあと痛感させられる。あれを見てぞっとする人たちもいれば、素晴らしいと感じる人も少なからずいるのだろう。ああいう教育をする法人が設立する学校に、入学させようとしている親たちがいるのだから。

 

 

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お母さんのお水、もらいます・・・。     猫は自由だ。

元気な大根の葉っぱと春めく日

 

昨日の住み開き「よんばばんち」の参加者の方から、とても元気な葉っぱのついた大根をいただいた。大根の葉はすぐ処理しないとどんどん黄色くなってしまうけれど、参加者が史上最多の9人となりしかも新しい方もいらしたので、さすがにグッタリで手を付けずに一晩おいてしまった。

 

それで、今日は午前中早速台所に立って、大根葉と油揚げの炒め煮を作った。大根本体より葉っぱの方がボリュームがあるほどで、大きなフライパンいっぱいにできた。私は夕飯は主食なし(べつに晩酌するわけでもないが)なのでごく薄味。出来上がったのを一口食べてみると、非常に柔らかくおいしい!いや、料理の腕の問題でなく、この葉っぱがとても柔らかだったのだ。くださった方に感謝。

 

6のつく日だった昨日は近所のスーパーで65歳以上は一割引きで買える日で、私のまとめ買いの日。住み開きのあとではあったがこの日を逃してはならじと頑張って買い出しに行ったので、その肉や野菜の処理も一緒に行い、珍しくずっと台所に立った。

 

料理は家事の中でも一番苦手な私だけれど、それでも「いざ、料理!」(大げさ・・・)と心を定めて野菜を刻んだりしているとなんだか気持ちが落ち着いて優しくなれるように思う。どんなに文明が発達しても、栄養素の整ったタブレットを摂取すれば食事完了という具合には決してなるまいと思う。料理には、作る喜びも眺める楽しさも食べる幸せも全てが揃っている。自分一人のために作り自分一人で食べるのでは、それらは大幅に削減されるけれども。

 

さて、今日は『ラ・ラ・ランド』の二人のように踊りだし、タップを踏んで軽快な靴音でもさせたくなってしまうような春らしい日になった。花粉症の人はとてもそれどころではないだろうが、私は症状がごく軽いし、外に一歩も出ず部屋の中から明るい日差しを眺めているだけなので、ついつい心が弾む。

 

『ラ・ラ・ランド』といえば、番狂わせで、そのうえ信じられないような手違いのすえ、オスカーの作品賞は『ムーンライト』にいってしまった。でも、監督賞、主演女優賞など6部門の受賞。そもそも、賞や話題に惹かれて観た訳ではないのでどうでもよいのだけれど、情が移ってしまってちょっぴり残念。

 

 

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先週の国際協力コスモス会で作った「伊勢型紙」技法で作った雛人形の葉書。男雛の着物の赤の模様が二重になってしまった。袴の黒の線も弱い。細い線や小さな点の部分に色を入れるのは難しかった。